米国で生活して実感した「英語学習」のオワコン化

これまでの人生において常に「英語を勉強しておけばよかった」と思って過ごしてきた。共感していただける読者の方も多いのではないだろうか。
私が「英語ができれば」と強く思ったのは社会人になって、米国出張に行ったときだ。日本から24時間程度かかる米フロリダ州のオーランドの空港で飛行機の時間が早まっているというアナウンスを理解できず、飛行機に乗り損ねた。「なんで私は英語を勉強しなかったのだろうか」と痛烈に反省したことを覚えている。
このように英語にコンプレックスを持つ私が、家族の仕事の都合で2021年の夏から約1年間、小学生の子ども2人を連れて米ニューヨーク(NY)州に住む経験をした。子どもは2人とも英語をほとんど知らない状態。日本の小学校の授業で週に1〜2回習っていた程度だ。にもかかわらず居住地の都合で、現地の子どもと一緒に公立小学校へ通うことになった。
渡米する前、私は「子どもの小学校の勉強を支援するのは大変なのではないか」と非常に不安だった。英語の教科書を子どものために翻訳して、子どもが日本語で考えた回答を今度は英語に翻訳する。日本の小学校で日本語の宿題の面倒を見るだけでも親にとっては大きな負担なのに、これが英語になったらどうなるのか。こんなことを思いながら、子ども2人を連れて渡米した。
小学校の先生がGoogle翻訳を使いこなす
結論から言うと、私の心配は完全に杞憂(きゆう)だった。世の中には私の想像以上に、外国語を翻訳する便利なツールがそろっており、人工知能(AI)の言語処理能力は非常に高くなっていたからだ。求められるのは日本で学習できる英文法や英会話ではなく、世の中に出回る便利なツールを知り、それを使いこなす能力だった。
子どもたちが現地の小学校に通い始めてまずびっくりしたのが、小学校の先生が英語から日本語への翻訳ツールを駆使していたことだ。
子どもが小学校から帰宅すると「あすは卵のパックを持って行く必要があるらしい」と、話してきたことがあった。英語が分からないのにどうやって担任の先生が話したことを理解したのだろうかと不思議に思っていると、「先生が自身のスマートフォンにGoogle(グーグル)翻訳のアプリを入れていて、重要なことは日本語に翻訳して教えてくれる」ということだった。
子どもたちの通った学校は、英語がネーティブではない生徒が通う英語クラスがあった。生徒の母国語は日本語だけでなく中国語、スペイン語、フランス語、アラビア語など多岐にわたる。1クラスに数人、英語が全くできない児童もいる環境だった。
英語クラスの先生は母国語が英語以外の生徒に英語を教える専門の先生なので、簡単な英語を駆使してコミュニケーションを取るのに慣れている。しかし、簡単な英語すら分からない児童がいる。そうした際は英語クラスの先生もGoogle翻訳を使って、子どもたちとコミュニケーションを取っているわけだ。英語を教えるプロである先生も、日常の授業にGoogle翻訳をためらいなく取り入れていることに驚いた。
Google翻訳の機能は随所で活躍していた。2人の子どものうち、長女は4年生としてNYの現地小学校に入学した。日本と同様に勉強が少し難しくなる頃で、社会は米国の歴史を学んでいた。英語が全く分からないので米国の歴史など理解できないだろうと思って長女に話を聞くと、ボストン茶会事件といった出来事を大まかに理解していた。
疑問に思って長女に「なぜ理解できているのか」と聞くと、学校の担任の先生が動画投稿サイト「YouTube(ユーチューブ)」の字幕追加機能と翻訳機能を使って、ボストン茶会事件を紹介する動画に日本語字幕を付けて見せてくれていることが判明した。そこで私は「外国語の動画は日本語の字幕付きで見られる」という便利な機能があることを学んだ。
YouTubeの日本語字幕機能と共に驚いたのが、Googleレンズの翻訳機能だ。Googleレンズのアプリを通じて読めない文字を写真に撮ると、その場で好きな言語にリアルタイムで翻訳できる機能である。恥ずかしながらYouTubeの字幕翻訳機能と同様に、この機能の存在を米国に行くまで知らなかった。
Googleレンズの存在を知ったのは、長女が持ち帰った算数のテストを見たからだ。文章問題の英文の上に日本語の文章が載っていた。日本語の翻訳内容はギリギリ理解ができるレベルだったが、「英語だけよりは理解できる」と長女は話していた。
これは、担任の先生がGoogleレンズを使って翻訳した文書を長女用に貼り付けてくれていたのだ。担任の先生は日本語に翻訳した文章題を回答しても、英語で回答しているクラスメートと同じように点数を付けてくれていた。
ChromebookでGoogle翻訳とDeepLを駆使して算数を解く
先生たちが様々なツールを使って授業を日本語で提供してくれる一方、子どもたちも翻訳ツールを駆使して、あっという間に自力で宿題などをこなせるようになった。
子どもたちが現地校に登校すると早速、米デル・テクノロジーズのパソコン(PC)「Chromebook(クロームブック)」が1人に1台配布された。私が住んでいたのはNY州のニューヨーク市内(NYC)で、ChromebookにはNYCの教育局(Department of Education=DOE)のロゴが刻印されていた。Wi-Fiのない環境でも利用できるセルラーモデルだった。
ChromebookからはNYCのDOEが用意したウェブページにアクセスが可能で、米グーグルのサービスをまとめた「Google Workspace(グーグルワークスペース、旧G Suite)」や、米マイクロソフトの「Microsoft 365」、テレビ会議の「Zoom」などを利用できるようになっていた。ウェブへのアクセスは制限されているが、YouTubeは視聴可能で、ゲーム「Minecraft(マインクラフト)」も事前にインストールされていた。
子どもたちは宿題が出ると学校のPCを立ち上げ、Google翻訳や、独ディープエルの機械翻訳サービス「DeepL」に、英文を打ち込んで日本語に変換して宿題を解いていた。回答するときは反対だ。日本語をDeepLに打ち込んで、英語に変換してそれをノートに写していた。
親である私が子どもたちに教えたのは、学校から配布されたPCが日本語入力できない際に、「入力言語を日本語にして、ローマ字打ちにすれば日本語を認識するのではないか」ということと、「Google翻訳よりもDeepLの方が精度は高いのではないか」ということだけだ。子どもたちはあっという間に米国の小学校から配布されたPCの操作に慣れてしまい、親の助けは必要なくなっていった。
長女の場合、現地の小学校に通って数カ月たつとテストの時も、先生が用意したGoogle翻訳を使った日本語のテストの代わりに、自分で英文を入力して日本語に翻訳して回答するようになったようだ。ほかの英語勉強中のクラスメートも、同様に回答していたという。学校の中に翻訳サービスの利用が定着していた。
長女のクラスではグループで課題に取り組むといった作業が頻繁にあった。授業支援ツールの「Google Classroom(グーグルクラスルーム)」を通じてクラスメートとやりとりしながら仕上げていく。その際はウェブブラウザー「Chrome(クローム)」の翻訳機能を使って、クラスメートの投稿内容を日本語に変換して読んでいた。自分が投稿する内容はDeepLなどを利用して作成するなど、ウェブ上で提供する機能などを自在に使って授業をこなしていた。
ツールに頼りながら、新しいスキルを身に付ける
結局、私は子どもたちの勉強を日本にいた頃以上に手伝うことがないまま、米国での生活を終えて帰国した。
渡米当初に抱いていた「英語が話せない子どもたちが不自由するのではないか」という不安は、IT(情報技術)の力で簡単に払拭された。分からない単語は辞書を引いて、知らない語法は文法書を読むといった今までの英語学習法と同様の方法を採用していたら、子どもたちはいつまでたっても米国の小学校の勉強を自力でできていなかっただろう。
英語の分からない子どもたちが米国の学校で学ぶ姿を見ながら感じたのは、これからの社会を背負って立つ子どもたちに必要な力は、世に出回っているツールを使いこなす力であり、技術進化を素直に受け入れる姿勢なのだということだ。
特に翻訳のような技術進化が急激な領域では、その力はより重要になりそうだ。もしこれから英語を学ぶならば、これらのツールの進化を前提に新しい学び方を考えなければならないだろう。テキストを買ってきて文法から学び始める方法は「オワコン」、終わりに近づいているのかもしれない。
簡単な読み書きであれば、翻訳サービスで十分に代替できる。会話も翻訳サービスを上手に利用すれば、旅行程度なら既に問題なくこなせるレベルになっている。
子どもたちは使っていなかったが、私は文法の間違いを指摘するツール「Grammarly(グラマリー)」を愛用していた。Grammarlyは昔英語の授業で指摘された「aが入っていない」といった文法上の間違いや、スペルミスを指摘してくれる。英語で電子メールなどを作成する際には欠かせない。
私は米国で生活するうえで英語を使わなければならなかったが、英語のプロになりたいわけではない。Grammarlyの機能は十分だった。
こうした優秀な翻訳ツールや英語のツールが無料で使える前提で、これからの英語教育は組み立てられるようになるだろう。子どもたちのように、米国で外国語として英語を学習する小学生の様子を見ると、翻訳ツールを使いながらどんどん海外のYouTubeを見たり、本を読んだりする方法が主流になるのではないかと感じる。
そしてツールを使って英語に触れているうちに、子どもたちは英語が使えるようになってくる。子どもとその友人の様子を見ていると、ツールを使うなかで自然に英語を学び、いつの間にかツールを使う頻度が減っていた。
できないことをツールに任せているうちに、できることが増えていく。これがこれからの子どもの成長パターンになるのではないかと感じた。私自身、米国滞在中はツールに頼り切る生活を送っていたが、DeepLとGrammarlyのおかげで少しだけ英語力がアップしたと実感している。
残念ながら米国に滞在していたのは対話型AI「ChatGPT(チャットGPT)」が登場する前だったので、日英や英日の翻訳はほぼDeepLに頼る生活だった。もしChatGPTがあれば、子どもたちの学習方法はもっと変化していたのではないかと想像する。そして英語学習だけでなく、新しいスキルを習得する方法がChatGPTのようなツールで劇的に変わっていくだろう。
NYの小学校もお知らせは紙、記入は手書きだった
最後に少しだけ「蛇足」を加えたい。日本に帰国してから「米国の小学校は日本と比べてデジタル化が進んでいるか」と頻繁に聞かれた。私個人の体感では「日本も米国も小学校のデジタル化は同じ程度」だ。以下はNYCの公立小学校での経験なので、シリコンバレーのある西海岸の都市などはもっと進んでいるかもしれない。
米国の小学校でも遠足などの重要なお知らせは紙のプリントで配られていた。遠足の費用などは、封筒に現金を入れて提出するのも日本と同じだ。
緊急連絡先も毎年手書きで提出する。「昨年も同じ書類を提出しているはず」と思いながら、深夜まで書類を記入する新学年の光景は日米に違いはなかった。新型コロナウイルス対策をきっかけに、保護者会や担任の先生との面談がオンライン化されたのは、日本の多くの学校と同じタイミングだったようだ。
ただし日本と異なる点もある。NYCの公立小学校の成績表は電子化されており、学期末にNYCのDOEのウェブページから確認できる点は便利だ。
一方で日本が優れていると感じた点もある。渡米前に子どもが通っていた日本の小学校は、学校からの連絡はスマホのアプリ経由だった。NYCの小学校にはアプリがなく、紙のプリントやGoogle Classroom、電子メールなど様々な手段で先生から連絡が来るため慣れるまで何が本当に大切な連絡かが分からずに戸惑った。
コロナ禍において日本の学校のデジタル化は急激に進んだ。NYの小学校と同様に1人1台端末を持ち、日本の小学校でも子どもたちは端末を通じて宿題をこなしている。この光景は米国でも同じだ。デジタル化の優先度は、我々親世代ではなく、子どもたちの方が高いようだ。私はこのことを望ましい在り方だと感じている。
(日経クロステック/日経コンピュータ 島田優子)
[日経クロステック 2023年5月11日付の記事を再構成]